2026/5/3

海を見ていた。

GWの海岸ではDJが晴天に似合う音楽をかけていて、国籍や年齢や性別の入り混じった人々が身体を揺らしていた。海風が強い5月はさすがに泳いでいる人々は疎らで、「泳ぐため」ではなく「海岸でゆっくりするため」に来た人々が多く見えた。例に漏れず俺もその中の一人だった。多く出ている出店でノンアルの柑橘系ジュースを買って海辺に座った。寄せては返す波の音を、磯の香りを、遠くに見える海岸線を。どこか他人事のように眺めていた。この場所では、俺のことを誰も知らなかった。周りにいる他の誰かと同じ、俺も名前を無くした一人だった。

 

 

例えば、の話をすればいくらだって出来る。過去はずっと地続きに今に続いている。生かされていたし、生かしてもいる。波の音が遠くに聴こえた。不思議と心地良かった。この空間では、肩書きも、過去も、本音も無に帰する感覚があった。波の音は遠くて近かった。

 

 

友達から電話が来た。

「ミツハシくん、今どこにいる?」

そうか、俺には電話をかけてくる友達がいるんだ。

『結局海まで歩いたよ』「そうなんだ、今からそこまで行くよ」

俺には会いに来てくれる誰かがいるんだ。

ミツハシヒロキという名前があるんだ。

その名前を呼んでくれる誰かがいるんだ。

同じように名前を呼びたい誰かがいるんだ。

 

 

海を一瞥した。ここに来れて良かった。

2026/4/27

『幸せなんてないよ でも 生まれた意味はあったんだ』と耳に飛び込んできたとき、まだ俺には優しい言葉に出会えるんだ、と思った。ただ、生まれた意味があったことはわかったが、ここからこの生を続けていく意味は未だ見つからなかった。

 

 

漠然とした自己肯定を得ている人を見る度にその由縁を考えるけれど、到底考えは及ばぶことはない。足りないものは、きっと埋まらないのだろう。きっとそれらはいつの間にか「埋まっていた」ものではないのだろうか。肯定されたいこと、安心したいこと、幸せだと感じたいこと。「自分の機嫌は自分で取る」という言葉。気持ちの持ち方一つにすら、わざわざ"自己責任"のシールを貼られている。言わなくてもわかっているその前提を目立たせるような言葉が、どこかで誰かを苦しめている。素晴らしい何かの裏には影になった別の何かが必ずある。

 

 

誰かの視線が気になるならば、結局自分もその視線を誰かに向けているのだと知った。自らの暴力性や残酷さに触れて、やっと純粋な愛情や優しさを与えることを選択できた。それを生まれながらにして出来るほど、さらにそれを「育ちの違い」と断言できるほどまだ大人では無かった。

 

 

言い訳しても、考えても、傷つけても、意味は見出せていない。だけど。今日も生きたね、って明日の俺も明後日の俺も言えるような日々を過ごしてはいきたい。会える友達にはなるべく会いたい。まだまだ自分を前に進めるような何かをしたい。出来るだけ誠実でいたい。優しくいたい。今日も生きたね、明日も無理せずにねって。

2026/4/19 意味とは

先日都内で飲んだ帰り、良い話をして随分と気分が良かったので最寄りの一つ前の駅で降りて散歩しながら帰った。降り立つ街にも春が訪れていて、歩いていたら4月の夜なのに少し汗ばむ気候だった。「四季が二季になりつつある」という話が段々冗談では無くなってきている今日、本格的に夏になる前に、そして何より桜が散る前に人があまりいない時間帯を歩きたくなった。

 

 

コンビニでハイボールを2本買ってあてもなく歩いて行った。小さな公園を見つけてそこには桜が咲いていて、ベンチに腰掛けて少しだけ休憩することにした。少ない街頭が照らす桜は花の色や様相までは見えなかったが、そこに桜が咲いていて、公園には誰もいなくて、過ごしやすい気候だった事実だけで気分が良かった。ハイボールが既に一本空きそうだった。

 

 

最近路上をしていたり、出勤の際にすれ違う新生活の人々の群れを思い出した。彼らの目に映る希望や緊張や不安、それらを見つける度に当たり前に自分もそんな時期があったことを思い出す。いつだって不安で、でもキラキラしていて、沢山の期待を抱えていた。でもいつしかその環境に慣れて、どこか妥協や諦めと共にまた一年が終わっていく。今街ですれ違う彼らも同様にそうなのだろう。

 

 

その日の昼に本屋で見かけた『頭のいい人が話す前に考えていること』という本の広告を同時に思い出した。まるで頭が良くないと話してはいけない、とでも言いたげなその広告は誰のために貼られたものなのだろうか。もし、そんな新生活を迎える人々の為に貼られたのなら、こんな息苦しいことはない気がした。

「頭が良くないと」「話が上手くないと」何が駄目なのだろうか。

「お金を持っていないと」「容姿端麗でないと」「社会的地位が無いと」「仕事が出来ないと」「恋人が居ないと」何が駄目なのだろうか。

勿論それらを持っている人は素晴らしい、と思う。欲しい何かがあるならば努力をするべきだ。持っていることや努力することを批判するつもりもない。ただ、興味も無く、持っていない人は果たして "駄目" なのだろうか。先日とある友達が、「今まで興味が無かったのに、周りに影響されて化粧水とか調べている自分がいたんだけど、そんな自分を客観視して寒くなった」と言っていた。

 

 

努力「させられている」気がした。

 

数年前、とあるきっかけがあり会話術の本を沢山かき集めて、出勤の最中に読んだり、大事なところや共通するところをGoogleドキュメントにまとめて、スクショを撮って壁紙にしていた。沢山勉強して、努力をしたつもりではいたが、結局会話も何も上手くならなかった。何なら言わなくていいことばかり言ってしまって、結局人に嫌われてしまったこともあった。

 


そもそも何で会話が上手くなりたかったんだろうか?
本当に会話が上手くなりたかったんだろうか?
本当に欲しかったのは「自分のコミュニケーション能力のコンプレックスを気にしない自信」では無いだろうか?
あるいは「他人の視線や言葉や批判に耐えられるような鈍感力」ではないだろうか?
または「そんなこと考える必要もないくらい強い精神そのもの」ではないだろうか?

 

 

そこまで思い出した時に視線の先の桜がボヤけた気がした。涙が出たのは、ハイボールが2缶目に突入していたからではない。勿論、アジカンの「海岸通り」の"あれがない これもない どんな希望も叶えたい欲張り"というフレーズが深く刺さりすぎたからでもない。

 

 

こんな感傷に浸れるのが誰も居ない深夜の公園しかない惨めさに気がついたからだ。

 

 

例えば飲み会中の笑顔の隙間に、嘲りと批判の表情を見つけたとき。
例えば賞賛の言葉を素直に受け取って良いのか分からないとき。
例えば悩みを素直に話して「考えすぎだよ〜笑」と言われたとき。
例えば深く傷ついているはずなのに「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせて傷ついていないふりをしたとき。
例えば本当は許せていないのに「全く何も思ってないけど」と嘘をついたとき。
例えば。例えば。例えば。例えば。

 


それが痛くてたまらないのは。
それを素直に言えないのは。
それを笑い話にしてしまうのは。
弱いから?強いから?ガキだから?性格?経験?育ち?病気?プライド?甘え?怠惰?"駄目"だから?それとも。

 

 

何を悲しんでいいのか。
何を喜んでいいのか。
その資格が自分に与えられているのか。
考えなくてはいけない。この国じゃ。
行き先はいつだって、深夜の公園か、こんなクソみたいなブログか、SNSか、歌詞だ。

 

 

ありふれた痛みだと思う。ありふれたやるせなさだと思う。
でもそれを揶揄されるのを受け身とれるほど大人でも無かった。
俺には俺の闘争がここにある。
この思考も気持ちもきっと意味がある、誰かに渡せば価値になる。そう信じて今日も明日も。

distance

先日のサンストにてやった新曲の歌詞です。

最近気まずくなって話さなくなってしまった後輩に向けて書きました。奇しくも既存曲『Weekend』の回収をするような歌詞にもなりました。

 

 

距離が埋まったり、事情に折り合いをつけるには、もう少し時間がかかる気がするけど、きっと生きていればまた普通に話ができるような気がしています。

来たるべき時に「ここまでの期間にはこんなことがあったんだぜ、俺は真っ当に生きてきたよ」と胸を張れるように俺は俺をやらなくてはいけないのです。

 

 

distance

 

土曜日の夜のブルー
ぼやかして消える
日曜日 侘しさには
グレーで染める 続いていく

 

嫌な静けさになった
君との距離が埋まるための時間がさぁ
いつだって痛む

 

吐き捨てた痛みや妬みはいつだって
続く暮らしの先 待ち合わせの場所で

 

遠回りで見えた空も
「その他大勢」になる日々すらも
駆け抜けた先 見えた景色に
君が居ればいい

 

考える 何年後かの理想像
暮らしは続く また待ち合わせの場所で

 

伝えたかった言葉たちを
言えなかった期間の思い出たち
駆け抜けた先 見えた景色で
君に言えばいい

 

超える 明日とか
届く いつかには

 

超える 今までを
届け 今までを

 

2025/11/2

息を深く吸い込んだら鼻の奥が少しツンとする感覚があった。年々短くなっている気がする秋のせいで、折角ひっぱり出した春・秋物をまた引き出しの奥に仕舞い込んでしまった。こんな忙しない気候だといつか地球に住めなくなることが来るんじゃないか?と思い、行き先のない不安に襲われたりもするがきっとそんな日は来ない。来たとしても人間には知恵や技術があって、それらが新しい生活を提案してくれるのだろう。いつだって誰かにとっては希望、他の誰かにとっては絶望、もしかしたら無常と表現されて続いていく。

 

 

過ごしやすくなった夜の隙間を這うように散歩をする。コンビニに入って缶コーヒーにしようか?それとも紅茶にしようか?眠れなくなってしまうだろうか?そんなことを考えてコンビニ内をウロウロと。すぐにレジに向かいそうもない俺を見て品出しに戻る店員。こんな時間帯ばかりにコンビニに行くと段々と店員の顔も覚えてきてしまい、変な連帯感が生まれた気になる。顔見知りの店員とはよく言うけれど、もしかしたら俺たちはそんな間柄になっているか、兄ちゃん。声をかけるか迷う前にまず目の前にはどの飲み物を買うか、という重要な選択がある。少し寒いから暖かいものにしようか、でももう少し歩いたら体も温まって気がするなぁ。品出しをしつつ俺がレジに向かうタイミングを伺っている視線を感じている。耐えきれなくなってアサヒスーパードライを手にとってレジへ向かった。レジに立つ彼に何か声をかけたくなったけど、絞り出た言葉は「お疲れ様です」だった。

 

 

有線イヤホンを差し込んでビールを開けた。星がぼんやりと浮かぶ中で一人歩く。こんな夜には音楽がたくさん聴けて良い。どうしてもゆっくり聴けてなかった音楽やずっと好きな音楽も、これだけ静かだと耳を澄まして聴ける。普段の移動中に聴いているのでは見つからなかった発見がある。言葉がダイレクトに耳に飛び込んでくる気がする。一番のノイズキャンセリングはノイズそのものが無い時間や場所を選択することだ。

 

 

『手のひらが剥がれぬように振る』って良い歌詞だ。

誰かにとっては希望、他の誰かにとっては絶望、もしかしたら無常と表現されるそれを今も俺は続けている。

 

私

  • provided courtesy of iTunes

music.apple.com

2025/10/17

「何考えているかわからない」と言われるほど何も考えていないし、
「何も考えていないだろ」と言われるのが釈然としないくらいには何かを考えている。
好き勝手言いたいことを言われて「また誤解させてしまった……」と落ち込めば、
そもそも『きちんと伝えれば誤解させない』という前提そのものが大きな傲慢であると知る。
俺には俺のキャパシティがあって、誰かには誰かのキャパシティがあるのだ。
俺には俺の闘争があって、誰かには誰かの闘争があるのだ。
推し量ることしかできないのだろう。
きっと、多分、そう。
そうやって話をすると、「言葉ではこう言ってるけど本心では……?」をつい考えて。
余計な疲弊ばかりをする。

 

 

「まぁそんなもんだよな」と呟くことは果たして諦めなのか。
自分を守るように呟くそれの最後にwや(笑)を付けながら今日も終わる。
「それでいいのだろうか」に続く言葉を疑問符と共に探している。
そして書き記してみる。いつかそれは表現になる。

 

 

繰り返している。
今日も、明日も、明後日も。

2025/7/20 最近

時間が経っても癒えない傷や痛みや悩みが多くなった。それらが完全に治らないことも増えた。「悩めるのは体力があるからだ」とか「悩める時間があるのが羨ましい」とはよく言うけれど、どんな生活をしていても、誰もが皆何かに悩んでいて、何かを抱えていて、何かを不安に感じているものだと思う。俺も。或いはこれを読んでいる貴方も。もしくは名前の知らない誰かも。

とにかくここ最近は傷が傷跡になる前に見なかったふりをして、やり過ごすことが増えた。そんな年代になったとも言えるし、何かを諦めてしまったとも言える。日々ため息や酒や散歩、もしくはそれらの同時進行でうまくやり過ごしている。特にここ一、二週間は多々ありすぎて、ずっと体調が参ってしまって本当に困っているが。

 

 

相変わらずバンドばかりしている。弊バンド灯人はこの数ヶ月の間にサンストとの共同企画と自主企画を一本ずつ、その間にsonicという曲をリリースした。精力的に活動している、のだと思う。もっとやりたいし、もっとやらなくてはいけないけど。「灯人」ないしは「ミツハシヒロキ」はずっと自分の経験や思想を言葉や音にして届けている。良く言えば「真っ直ぐ」なのだろうし、悪く言えば「愚直」「不器用」「ダサい」のかもしれないそれに日夜時間を費やしている。

これは謙遜ではなくずっと思っているけれど、俺は人として間違いなく何かが欠けていて、誰かが1の労力でこなせることを10以上は労力をかけないとこなせない奴だ。本当に不便だけど、その10の労力でこなしたり、悩んだり、試行錯誤した結果や過程が楽曲やライブになっている。「この言葉やライブが誰かの何かになれば」と思うし言うけれど、結局音楽や芸術は突き詰めて考えればただのエゴの結晶で。間違いなく俺の作ってきたそれらもエゴの結晶だった。それで良いと思っていたし、それで良いのか?とも感じていた。大きな矛盾だ。

この音楽がもっと評価されなきゃいけないし、そのために足りないものはもっと埋めたいと今は思う。これは考え方が「変わった」というよりも「増えた」感覚に近いのだが、そのためにライブや楽曲がもっと誰かの生活の端で鳴ったり想起させられるものでありたいとも考えるようになった。そして、今まで楽曲を書いている時は「日記」の感覚だったが、それらは「手紙」としても間違いなく機能しているものだ、と気がついた。「記録」ではなく「日記」の時点で何かしらの思いが詰められているものだった。あくまで自分のために書いていたそれらを。誰かに向けた「手紙」にもなりうるそれらを。どう渡すのか、どう受け取ってもらいたいか、どのように刺したいか、をこの一年で沢山考えた。考えるきっかけは昨年のツアーを回る中で知らない土地で音楽を鳴らしていく中で感じたものだったり、CRYAMYの野音ワンマンを見に行って感じたものだった(CRYAMYの話は今度またきちんと書きたい)。

そして今年「Hit the horn」と称して長く続く連続企画を打つことを決めた。「クラクションを鳴らせ」という意味のタイトルは大好きなSHANKの"Departure"のサビから拝借した。

 

youtu.be

 

灯人の、そして俺のホームSound Stream sakuraは都心までは電車で行けるが、やはり千葉県佐倉市というローカルな街にあるライブハウスだ。この街で鳴る俺らの音楽がクラクションのように響いて、遠い誰かに届いてほしい思いでこのタイトルをつけた。そのクラクションは警鐘でもあるし、朗報でもあるし、願いでもあった。ここまで開催した2回の間でもバンドは間違いなく進歩してライブは洗練されてきた。ずっと共演したかったバンドやもっと仲間になりたいバンドをお呼びすることも出来て、そこに頼れる地元の仲間がいて間違いない一日をそれぞれ作れた。この間でくさのねフェスへの出演もやっと決めた。少しずつ灯人やミツハシヒロキの周りに仲間や期待をしてくれる誰かが増えてきた。良い傾向だ。

 

 

ここまで大きな事件は無くバンドをやってこれた裏で、暮らしの中では一人で痛みに耐えているばかりだった。それを音楽や言葉にするつもりで、やってきていたけど少しガス切れではあった。一人で涙を流しながら家路についた日も多くあった。特に4月後半~5月中旬あたりは、周りにどう見えていたかはわからないが、疲弊し切った心は行く先を失っていた。実はかなりギリギリでライブやイベントに賭けていた側面があった。

Hit the horn Vol.2の時にいつも一緒に飲んでくれるバーの常連の方々が初めてライブに来てくれた。ライブハウスにライブを観にくるのは久しぶりだ、と伝えてくれた男女がいたのだが、二人は一番手からライブを観てくれていた。いろんなバンドの感想を都度教えてくれたし、俺が好きなバンド達に敬意を持って観てくれたのがすごく嬉しかった。企画を組んでバンドを呼ぶときは、仲の良い友達を誰かに紹介するような気持ちになるのだが、ライブハウスに慣れていない二人が、初めて見るバンド達を快く受け入れてくれたのがすごく嬉しかった。

帰り際に二人は「灯人よかった。すごく元気をもらったわ、ありがとう!」とも言ってくれた。感謝を言わなきゃいけないのは俺の方なのに。

俺は前述の通り、まるで日記のように作ってきたそれらの楽曲を、ライブで手紙にしていくのに試行錯誤していて、全力で投げる言葉や音はライブハウスの暗闇に吸い込まれていくばかりだった。果たして当たっているのか、刺さっているのかわからないその行為を続けていくには心はすり減っていて、でもその気持ちも状況も全て本物だから、「きっといつかは誰か分かってくれる」と信じて沢山を曝け出して投げていた。恐らくだが、ここまでもきっと誰かに当たってはいたのだとは思う。でもそれをきちんと確認できたことは無かった。この日彼らの言葉を聞いた時に、暗闇に投げ続けていたそれらが初めて音を立てて当たったような気がして、やっと今までが間違いでは無かったと認めることが出来た。

ラクションはちゃんと聞こえていたのだ。

 

 

今までの俺だったら、そんな言葉すらも「お世辞だ」と吐き捨てていただろうけれど、そんなことは思いたくなかった。その言葉を何の歪みもなく真っ直ぐ受け取れる自分でいたかった。そう思わせてくれたのは、俺がこの一年やってきたことや出会ってきたもの全てからだった。腐すことよりも純粋に受け取る自分の方を選択したい。それは信じてくれた誰かのためでもあり、共に歩いてくれた仲間のためでもあり、協力してくれる環境のためでもある。そして、そういう背中を見せてくれた憧れの存在や先輩や仲間のようになりたいからでもある。この思いはある種の覚悟でもある。歯を食いしばってでも認めたい覚悟は、やはりライブハウスから始まっていた。

 

 

相変わらず血の流れない重傷を多く負って、血が流れない代わりに涙が流れる日も多い。やっぱり俺は強くないみたいだ。ただ、その弱さで拾える誰かの思いがあるのならば、その傲慢を突き通すべきなのだろう。

 

 

きっとそのために唄やギターがあるはずだ。