2022/9/11 翌日

草ぶえの丘に泊まって朝。ほぼ寝落ちしていた昨晩。朝から早速片付けに取り掛かる。体が重い中で片付けを行う。缶コーヒーを何度も飲んだ。終盤の肉体労働の前に黒金さんに「今日終わったら風呂行こうや」と言われたのでそれを楽しみに頑張った。資材をトラックに詰め込み、詰め込み忘れが無いか確認しつつ、行ったり来たり。資材の下ろし間違いで黒金さんだけ戻ったり、最後はかなりグロッキーな状態。一瞬車で寝落ちした。全てを終えた後、やよい軒でしこたま飯を食った。定食がこの世に存在する飯できっと一番美味しい。黒金さんの車に乗っていざ風呂へ、と思った時。黒金さんが「風呂行く気力も無い……。」と一言。俺も本当はそうだった。真っ直ぐに帰宅した。

 

 

まっさらな草ぶえの丘。青々とした緑が足に当たって痒かった。また来年。

2022/9/10 当日

相変わらず朝が早い。風は少し強そうだが昨日よりも晴れる一日になりそうで安心した朝だった。到着した草ぶえの丘には前日とは打って変わって暖かい日差しが差し込んでいた。寧ろ差し込みすぎで、暑くなりそうな予感がしていた。

 

 

一日中アーティスト窓口にて働いた。アーティストが入ってきて受付をする持ち場。顔見知りの演者もいれば初めての演者もいる。特に初めての演者に失礼が無かったか凄く不安だが、悪い印象は持たれていないと信じたい。しかしながら改めてバンドマンが好きになった一日だった。どれだけ尖ったライブをしていても、事務的な部分は真面目に行う。良いバンドは挨拶や楽屋の使い方や搬入撤収をきちんと時間通りにやる、とはよく言うが本当にその通りだと改めて思った。(あまり裏のことは書けないが)個人的に胸が熱くなる瞬間もアーティスト窓口で多々あって、改めて良い持ち場に就かせてもらったと思った。あと、一緒に働いていたFさんが酒や食べ物を沢山買ってきてくれて、沢山ご馳走になってしまった。恐らく誇張無しに2000円は奢ってもらっている。色々な意味でこんな大人になりたいと感じた(読んでいないとは思いますが本当にありがとうございます)。

 

 

他のバンドのライブもつまみ食いして見れた。心臓のど真ん中を銃で撃ち抜いてくるようなライブや、全身の血液が沸騰するようなライブ、思わず涙が出そうになるライブを沢山見た。それを見るお客さんも幸せそうで俺まで嬉しかった。知り合いのバンドマンが沢山来ていた。群馬からSubanaが全員(4人とも何故かバラバラにライブを見ていた)、先日解散したFeel the Recoveryのみんな、アシタカラホンキ!のハラゲンキさん、ぬまっちさん(疲れて切り株で寝てたの最高でした)に会えた。きっともっと沢山会っている。このフェスに人が集まってくると実行委員をやってよかったと思う。そして、出られなかった方々とも一緒に来年は出たいと思った。凄くポジティブな感情。

 

 

最後の花火になった。大曲で見た花火よりほど大きくは無かったが、良い花火だった。そこから間も無く乾杯をして打ち上げが始まった。演者同士が束になって話している感じ。この感じが好きなのだ。くさのねフェス2022当日がまだ鳴り止んでいない。きっと来年まで止まない。

2022/9/9 前日

朝靄がかかった佐倉の街並みが車窓に映し出された。大きな風車が見える街が緩やかに目を覚ましていく。去年の準備を思い出すような朝。この日はくさのねフェスの前日準備。去年と同じく黒金さんの車に乗って草ぶえの丘へ向かった。黒金さんとは久々にゆっくりと話した。話したかった全てを話すことは出来なかったが続きは次の機会に話せばよい。雲行きが心配になる朝だった。

 

 

そこからは前日準備を演者と協力して進める。去年やった経験や打ち合わせ内容を思い出しつつ指示出しをしたり、楽屋を養生したり、ステージの後ろに幕をつけたり、テントを張ったり…….。毎度思うが音楽フェスとは関係の無かった丘にステージが組み上がって、装飾が出来て、楽屋や物販席が出来ていくのを見ていると何事も大きなものは人の協力で出来ているのだ、と漠然と思う。それは美しくも感じるし、"自分達に出来ないものはない"といった類の全能感も覚えるし、僅かに畏怖の念に近いものも感じる。学生時代にスカイツリーの周りで配達のアルバイトをしていたとき、小さな路地裏でも微かに感じるスカイツリーの影にも同じことを思った。

 

 

一日の中で演者と沢山話した。前からの知り合い、久々に会える友達、この前対バンして仲良くなったバンドマン、初めて会った演者。準備だけではなく昼休みの時間や何気ない一瞬が連帯感を産んでいく。思わず出張の一時帰宅中であることを忘れかけた。こういう瞬間を共有できるとライブが変わる。去年、準備に関わった演者は全員良いライブをしていた。出演できない演者もその後のライブが変わった。くさのねフェスに出る出ないに関わらず、こういう時間を共有すると一年が変わっていくのだ。そして共有できる仲間が少しずつ増えているような気もしている。この街で音楽をやる意味を再確認した。

 

 

帰る時には結局夜も老けていたが、次の日が楽しみになる一日だった。そして……前日にビール沢山飲まない方が良かったな、と後悔する一日でもあった。

2022/9/8 from 1997

Sound Stream sakuraでのライブ。Brown Basketのツアー千葉編。サポートメンバーに体調不良者が出てしまったためソロでの出演になった。かつて猛威を振るっていた頃に比べれば、随分と穏やかになってきた(気がする)昨今だが、未だに感染や自粛の影は常に周りに落ちているのだなと実感。サポートしてくれる予定だった彼のためにも、京都から遥々来てくれるBrown Basketのためにも、やるべきことはやろうと決めていた。

 

 

9/8は事前に聞いていた通り同年代で固められていた一日だった。どうしても音楽に携わる人が25歳にもなれば少しずつ減ってくる。辞める事情、休む事情はどれも"しょうがない"ものばかりで、いつか誰かに言われた『大人になればなるほど、自分でコントロールできないものが増えてくる』が心臓の奥で重くのしかかってくるのをひしひしと感じる。ミュージシャンは夢を与える仕事だけれど、その裏側にどうしようもなく夢を打ち砕かれるような事情や生活や決断がある。それらを乗り越えたり、耐えたり、或いは逃げたりすることで25歳まで生き残ってきた仲間に会えて純粋に嬉しい一日だった。こんな一日に呼んでくれた白幡さんに感謝。

 

 

弾き語りのライブは座って演奏した。普段は立って演奏するが、いつものアコギが秋田に置き去りになっていたので、かつて使っていたピックアップのついていないアコギでやった。中学生のころに親に買ってもらった安いアコギは弦を変えるだけで俺が求めている音を鳴らしてくれた。この非常事態に少しだけ安心が得られた。座って演奏すると目線がちょうどお客さんと同じくらいになった。声もギターもマイクで拾ってはいたものの、どこかそれに頼らないで演奏を投げているようだった。それもあって自分の名刺を一人一人に目を合わせて渡すような、そんなライブになった。秋田で知らない人しかいない環境でライブを重ねてきた経験が生きた。

 

 

kalmiaもAdlerもマッドネスマンボウもBrown Basketも最高だった。刺激的なライブをたくさん見たし、まさに滾るような瞬間が散りばめられていた。こんな日だからこそもっと動員できれば、と反省。これからも積み重ねていくしか無い。打ち上げもギリギリまで残った。最後のラーメンには参加できなかったが、友達が出来た一日だった。話すのは得意では無いし、人見知りは治らないだろうし、不器用なのも一生続くが、同じステージに立ったからにはどこか地続きでわかりあえる気がするのだ(伝わるだろうか)。ありがとう、ときっちり伝えて帰宅。胃に残ったアルコールでどこまでも血が滾るような夜。辞められない理由をまたもらった。

2022/9/7

明日は灯人のライブだったが、サポートメンバーに体調不良が出てしまったため急遽ソロのライブに変更。以前ドラゴンさんが俺に話してくれたことを思い出しながら明日のための曲を練習した。点ではなく線で描く今日。未来に続く明日にしたい。せっかくだから伸び伸びとやりたいのだ。予約お待ちしております。

2022/9/6 11月には

新幹線にのって関東へ。携帯の充電があまり残っていなかったのでぐっすりと寝ていた。気がつけば仙台についていて2ヶ月前のRIPPLEでのライブを思い出した。堀越さんは元気にしているだろうか。俺も2ヶ月後には秋田から完全に離れる。秋田で出会った友達と疎遠になってしまうのは素直に寂しい。お世話になった人に会えなくなってしまうのが不甲斐なく思う。バンドがツアーを回るのは各地で出会った大切な仲間との再会を願うからではないのだろうか。

 

 

生ぬるい風が東京駅のホームに吹いて目の前のサラリーマンの背広をすこし揺らした。この風がどこから吹いてきたのか、想像してしまうくらいの大切な場所が少しずつ増えていくことを願う。

2022/9/5 ドラマ

意外と人生のターニングポイントに立ってることがある。正しい選択肢を選び続けてきたのかどうかはまったくわからないが、少なくとも自分が選んだきた道のりを振り返ってみたとき、100%悪い選択だったと思うことはあまり無い。選択肢を誤ったことで乗り越えなきゃいけなかった障害や、しなくてはいけなかった遠回りが良くも悪くも現在の俺を構成している。そう考えてしまえば人生ひとつでドラマだとも思える。

 

 

久々に床で寝た。今日は千葉に帰る。