この前池袋に降り立った時、長引いたコロナ禍のせいか、街全体が綺麗になった印象を受けた。まん延防止措置が発令されて既に1ヶ月は経とうとしていた。降り立った時刻は20:55頃。もう池袋の居酒屋が店閉めを始めようとする時間帯だった。すれ違う人も三連休の中日と言えどもまばらで、この世相に対して未だに律儀に自粛する日本人の生真面目さに驚いた。すれ違う人たちは駅へと向かっていて、むしろ駅から離れた方面へと向かっているのは俺だけだった。学生街も随分と静かで、普段だったらもう酔い潰れている学生を別の学生が介抱しているはずだった。21:00を過ぎるとこんなに寂しいのか、とそんなことを思いながら歩いていたら、駅前ですれ違った学生達が「こんな俺でも取れる単位がある」「楽単を落とすのは俺じゃなくて教授が悪い」とか話しているのにすれ違った。いつの時代も話していることは変わらないなぁ、とマスクの中で笑った。
無事にスタジオを終えた帰り道には東京芸術劇場の前を通った。学生時代は酔い潰れた人とホームレスしかいなかった芸術劇場前が随分と綺麗になっていた。再開発されたらしい。学生時代は行く宛も無かったからここで路上ライブをチューハイ片手に見ていたこともあった。今では路上ライブどころか酔い潰れた人もほとんどいなかった。新設したベンチで居酒屋を締め出された若者達がコンビニの缶酒を片手に終電を待っていた。俺も学生時代にウイルスがまん延していたならこんな若者になっていたのかもしれない。それにしても池袋は綺麗になった。2重にしたマスクの中からゆっくりと池袋の匂いを嗅いだ。マスク越しでも、居酒屋がやっていなくても、道にゲロがなくても、若者は若者で、池袋は池袋だった。
『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』を見た。何度か見た作品だったが改めて見たくなってTSUTAYAに駆け込んだ。(以下、ネタバレ有り)この作品では大人たちが子供だった頃のエンタメに触れることができる"二十世紀博"にのめり込んでいくことから始まるパニックホラーの様な作品。名作と名高い本作、俺も確か物心ついた時にDVDで見た覚えがある。見る年代によって見え方が変わる作品故、まだまだ小さかった俺には理解できていなかった部分があった。
この作品でも大きな軸となってくるのが【匂い】。しんちゃんたち"春日部防衛隊"がオトナが消えた街のバーに入って烏龍茶を飲んでリアルおままごとをするシーンがある。あのシーンはバーの雰囲気に流されてスナックに遊びにくるオトナの真似をしている様に見えて、実はバーの中に漂うお酒の【匂い】に流された結果おままごとをしている。そして"二十世紀博"にのめり込んだオトナも自分達が子供だった頃の懐かしい【匂い】に流され子供の頃の自分に逆戻りしてしまう。ひろしとみさえが我に返るシーン(一番泣けるところ)もひろしの足の【匂い】(つまりオトナである現在の【匂い】)を嗅ぐことで我に返る。
【匂い】は沢山の記憶を呼び戻す力がある。小さかった頃の俺にはあまりピンと来ていなかったが今ではわかる。佐倉の志津駅前の匂いはいつでも俺を高校生の頃に戻してくれた。俺の住む街は今でも安心できる匂いがした。ライブハウスの匂い、スタジオの匂い、自分の家の匂い、友達の家の匂い。嗅覚はひょっとしたら視覚や聴覚を超えてノスタルジーを与えてくれるのかもしれない。
池袋は間違いなく綺麗になった。綺麗な方がいいに決まっている。でも街全体の匂いだけは変わらないでほしいな。