2022/2/27 MORATORIUM

煙草を吸っていれば、と何度か思った。俺は非喫煙者でこの24年を歩んでいて、ある程度ポリシーを持って煙草を吸っていない。きっとこれからの将来でも煙草を吸うことは恐らく無いだろう。しかし、昨日とそして日付が変わって一日経って、さらにこうやって文章に起こしてみてもそんな感想が出るくらいには頭が混乱している。何かが終わった気がした。見て見ぬふりをしていた何かに気がついたようなそんな気分だった。

 

 

 

昨日は大学のサークルの卒業ライブのリベンジ戦だった。2020年3月に開催されるはずだったそれは「自粛」の二文字の下に中止になった。卒業式も開催された様だが、当時の俺は一日のほとんどをベッドの上で過ごすほど体調が悪く参加はできなかった。ベッドの上で、感染者が増えていく様と全国のイベントが中止になっていく様をただただ眺めていた。大学を卒業するのを祝うことも出来ず、流されるまま社会人になった。どこかで大学生が終わっていない気がしていた。

 

 

 

気がつけばあと1ヶ月で社会人も3年目になる今、やっとその卒業ライブのリベンジができた。遂に大学を卒業できる様な気がしていた。しかしながら、そのライブでさえも2年前と同じアレのせいでキャンセルや出演見合わせになった演者もいた。数年ぶりに顔を合わせて話すことが出来たかもしれない友人にも会えなくなってしまった。ただこの様な状況下でも、ルールを守って対策を充分に行いつつやりたいことをやるしかない。俺も1バンド急遽ギターの演奏を代打で頼まれていた。俺にやれることがあるのならやりたかった。他の人がライブをしている間に練習することを条件に代打の演奏を引き受けた。他の人のライブを見れなくはなってしまうが、大学の友達が出演のチャンスを逃すことは避けたかった。

 

 

 

朝、もともと演奏するはずだったバンドのスタジオを終えた。前日に灯人のスタジオがあったため睡眠時間もさほど取れていなかった。スタジオを終えると次の時間にスタジオに入るらしい同期の姿が。時計の針が反対の方向に進む。「久しぶり」から会話は始まったが、話し始めてしまえば距離感はキャンパスの中でかつて話したそれと一緒だった。大学の9号館のソファーに座って中身のない会話をしていたあの頃と同じ。そういえば友人達は喫煙者が多かった。当時の喫煙所で何を話していたのだろうか。煙草を吸っていれば、と思った。

 

 

 

会話もそこそこにして彼らはスタジオへ。俺は残って個人練。代打のバンドのコピーを行う。そのバンドはJPOPヤンキーの様なバンドで、曲は本当に良いしやっていることは簡単なのだが1番と2番で弾いている場所が変わったりした。転調が多い曲もあり、全く覚えられなかった。迫る次のスタジオの時間。落ち着きたかった。もし喫煙者だったならこんな時一服して落ち着くのだろうか。煙草を吸っていれば、と思った。

 

 

 

個人練を終えて代打のバンドのスタジオへ。もうスコア通りに弾くのは無理だと判断したので自分の耳とキーだけを頼りに何とか合わす。周りの人々は練習を積んでいたので俺が多少違うコードを弾いても演奏は成立する様だった。しかしながら足を引っ張っている罪悪感もあった。このままライブに出られるのだろうか。不安だった。煙草を吸っていれば、と思った。

 

 

 

ライブハウスに着くと懐かしい顔に会えた。挨拶もそこそこにして同期のライブを観た。昔は髪色を派手にしていた彼女も今は髪が暗くなっていて、前髪を重たくしていた彼が今では短くした前髪を上げて額を出していた。でもその距離感は変わらないままだった。同窓会に来ているかの様だった。そんな気持ちに浸っている間もなく、すぐに自分の演奏する出番。スタジオには何度か入っていたし、大好きなバンドのコピーだったから気合を入れて演奏した。ただ、自分が所属していたサークルではあまり好まれているジャンルではなかったため、フロアでは曲を知らない人がほとんどだった。しかし、それは普段俺がライブハウスで歌っている時と同じで、自分を知らない相手にも届くように演奏すれば良いだけ。多少のミスはあったものの良い演奏ができた、と思う。評判も良かった、らしい。とにかく自分のかっこいいと思うことに対して全力だったし、フロアの人や配信で見ている人に誠意を持って向き合いたかった。

メンバーにも俺とゆかりのある人を誘った。ボーカルのTくんはサークルで初めてちゃんと話した友達で、よく俺のライブにも来てくれた。ギターのKは同じバンドが好きだったから俺から誘ってサークルに入れた。本当に大切な後輩だ。彼は3月に卒業する現役の学生で、社会人になっても元気にやって欲しいと願いを込めてバンドメンバーから名刺入れを送った。ベースのUくんは俺がサークルで初めてコピバンをした時にベースを弾いてくれた。彼は俺が一人でいるときはいつも声をかけてくれた。ドラムのTは一つ下の後輩。よく俺のライブに来てくれたし、本当にかっこいいドラマー。どんな時も俺が一番気持ちいいと感じるドラムを叩いてくれる。みんな大切な友達だ。

 

 

 

ギターをしまっていたら疲労と同時に喪失感が襲ってきた。普段自分がやっているバンド活動とは別に、ギターの素養を増やしたり、音楽ジャンルへの理解を深めたいとの思いからこのサークルを選択した。その目的が達成できたのかわからないが、色々なものに触れることで「これで良い」と「これが良い」がわかった4年間だった。それは「音楽」だけじゃなく「バンド」や「ライブ」もそうなのかもしれない。自分が何に向いているのか、逆に何に向いていないのかもよくわかった。4年間考えた。きちんと考えた。ある程度の答えは出た。だから最後は自分の一番かっこいいと思ったものを好きな人たちと演奏したかった。良い演奏ができたはず。間違いなかった。達成感と疲労感と喪失感。煙草を吸っていれば、と思った。

 

 

 

他の人のライブを見れずにギターを持ってカラオケ屋に駆け込む。代打のバンドの演奏前に少しでも曲を叩き込む。2時間があっという間だった。自分が演奏する3曲を叩き込んでライブハウスへ戻った。すぐに出番。もう一人の代打が演奏している間も気が気ではない。脳の中にあるキーとコードとキメと構成を慎重に整理する。整理が終わらぬまま俺の演奏する曲になる。演奏中もとにかく脳の中の引き出しをひっくり返してはコードを弾いた。ミスを気にしている暇もない。ボーカルの彼女は俺のせいで歌いにくくなっていないだろうか?不安になりながらも脳内でかけずり回ってコードを弾く。出番が終わった。おかげさまでコードはほぼ間違えなかったが、キメは大体ズレた。重い荷物を持って山を登った時に似た疲労があった。どっと疲れてしまった。一息つきたかった。煙草を吸っていれば、と思った。

 

 

 

ライブを終えるとお客さんも増えていて先輩も何人か来ていた。先輩と話しながら自分の近況であったりを伝えつつ、「三橋も卒業か〜」と言われて照れたりしつつだった。先輩はどの時代も先輩だ。いつでも背中を見せてくれた。生まれてこの方後輩気質だから先輩に会えるのは嬉しかった。ライブを見て先輩と話して充実した時間。そんな時に一人の後輩がバンドをやりたい、と相談が。彼とは一度ちゃんと話さないといけないと思っていた。二人でライブハウスの入り口付近でゆっくりと話す。何となくの今後の話をできた。具体的なことは後輩と俺との秘密だが、お互い誠意を持ってやっていければそれで良い気がしているし、やりたいことはやったほうがいいのだ。

 

 

 

打ち上げは有志で開催する様だった。俺はリュックサックを忘れてライブハウスに戻ったりもしたが、足早に帰った。ご時世も理由としてはあったが、何より家で自分の脳内を整理したかった。帰りの電車、ブログの文章を考えては消した。どうしても整理ができない。

 

 

 

卒業。そうか、卒業したのか。

 

社会人になって2年間。どこかで大学生のままである気がしていた。今日正式に4年間が終わった。ブログを書くことは諦めて大学で出会った人たちの顔を思い出す。学部で出会った人たちやサークルで出会った人たちやバイト先で出会った人たち。順番に思い出した。出来るだけこれからもこの縁は切らさないでいたい。縁は切れることはない。今も連絡を取り合っているあの人も、少し気まずくなっているあの人も、今日は会えなかったあいつも。だけど。

 

 

 

卒業。そうか、卒業か。

 

 

 

鳩尾に鈍い痛みがした。もう戻れないのか。中途半端に終わった学生時代を今更ちゃんと終わらせてしまった。終わらせなくても良かった?そうか、もう、違うんだな。鳩尾がまだ痛かった。

 

 

 

煙草を吸っていれば、と思った。

だけど煙草ではこの痛みを消せそうになかった。

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