2022/5/8

葬儀を終えて祖父の遺骨と共に、祖父が暮らしていた実家(かつ伯父家族が暮らす家)に帰った。線香をあげて一息ついているとき、「自分が80歳になった時に祖父ほどの気力を持って生きていけるか」と話になった。驚くことに祖父の脳は92歳のそれとは思えないほど萎縮していなかったらしい。数年前まで煙草も酒も浴びるように摂取して朝から晩までバリバリ働いていた祖父。常に最前線に立って図面を描き、軽トラックを運転している白髪頭をよく覚えている。運転免許の更新もしていたそうで、どの問題で間違えたのが悔しいとか散々ゴネていたとのこと(結局娘たちから反対されて運転するのはやめたが)。そんな祖父だからこそ身体が弱っていくのに対して誰よりも不甲斐ない思いをしていたはずだ。最期の方は大好きな酒の美味しさすらもわからなくなっていた。だから棺に日本酒の紙パックを入れる母のアイデアは本当にナイスだった。

 

 

祖父が数年前に建て直した実家も、彼自身が精密に図面を描いて建てた。事務所の位置や仏壇の場所など祖父のこだわりがよく分かる家だった。驚くことに事前に模型まで作っていたらしい。残念ながら祖父が実家を建て直すのと同時に、彼自身も体調を崩してほとんど家には居れなかったのだけれど。でも、残された伯父の家族が生前の彼のこだわりが詰まったこの家を守っていくのなら、彼も悔いは無いだろう。そういえば、我が家の車の雨除けも祖父が作った。彼が作ったり直したりした仕事の痕は船橋に沢山ある。そう考えると、どんな仕事をしていたのかもっと見せて貰えばよかった。でも割れたガラスが沢山あるから入ってくるな、と言われていたような。彼の美学が生まれていた木屑だらけの小さな事務所を覗き見る。

 

 

死後も残るような何かを作る。

「作る」ことの美しさを今になって祖父から学ぶ。